(旅エッセイ)天命を知り受け入れる旅 最終章「私の志」

毛越寺は浄土庭園を見ながら歩いていると、ふと何かが降りるような感覚があり、私は自然に自分がこれから成すべきことを受け入れた。初めてここに来た入社式の時のような胸の熱さはもうない。静かに揺れる水面のようであり奥底にマグマを感じるような、そんな気持ちが止まらなかった。

阪大に入ってよかったと思う一番の理由は、鷲田清一先生との出会いだろう。自分と向き合い、遊び心を持って考えを深めていくことが自分と他者への愛に繋がると教わった。以前先生が書いた『待つということ』という本を読んだことがある。鍛錬が足りない私にはかなり難解で途中挫折をしたが、とても印象的な言葉を見つけた。

鷲田先生曰く、「待つ」という言葉には実はたくさんの意味があり、スピード勝負の現代では実に「待てない」人が多いが「待つこと」を表す言葉はたくさんあるという。

" 待ちくたびれる・待ちあぐねる・待ち焦がれる・待ち遠しい 等々"。

思えば、私の周りはずっと私が本来の姿に目覚める日を信じて待ってくれていた。高校生の頃からずっと「時代を切り拓く女性になる」と家族は信じていた。学生時代には、交際した男性からも似たようなことを言われた。社会人2年目頃からは、「役員を目指せ」・「偉くなれ」等と色んな方から言っていただいた。ある同窓の経営者の方からは、東京駅のレストランで食事をしながら「色んな人を見てきた私の目に狂いはない。今の会社を絶対辞めるな。必ず上に行くから」と力説された。

天命を知る日まで、私はこれらの言葉を受け止めずに進んできた。認めてしまうと、どうなるかわからず不安だった。言われるたびに、皆と遠く離れて孤独になる自分ばかりが頭をよぎっていた。ただ普通に過ごす中で言われ続けたのもどこか怖かった。今なら分かる。私は大切に想うすべての人を愛している。ただ皆と離れたくなかった。

会社の役員は「種の人」こそ相応しい。比較競争の孤独を誰より感じつつ、大自然に素直に学べるような種の人こそ相応しいと思う。タイプ別のリーダー像をイメージするのであれば、私は「大地の人」であるから、松下幸之助ではなく渋沢栄一から学ぶべきであろう。山崎豊子のような情熱と探求心を持ちつつ渋沢栄一のように生きてみたい。

太陽を仰ぎ空気をたっぷり吸って、炎を内に秘め、風を感じ海に癒され、山に学び種を慈しむ日々はなんと豊かなことだろうか。世界は美しい。本来の自分に目覚めれば、見ていた世界は白と黒から無限の色に溢れた豊かなものに変わるだろう。34歳でこの境地にたどり着いた私は「人が本来の自分に気付くための架け橋になること」を志すと決めた。

答えは全て自分の中にあるという言葉を聞いたことがあるが、そうは思わない。知人は、自分の先生は自分だと言っていたがそうも思わない。私が思うに、私たちが自分の中に持っているのは「答えを探したい自分を解放する鍵」だけである。鍵を見つけられるのは自分だけだが、これまで出会ったたくさんの人を見ていると、鍵の探し方はおろか自分の中に鍵などないと思い込むような人が多いことに驚く。

情報社会の中に生きると、「誰か」のメッセージに呑まれて「本来の自分」が埋もれるのかもしれない。スピード勝負の世界では「考えや想いを感じ深める機会」は奪われやすい。比較競争の中では、「本来自分がいるべき場所」を見失いやすいかもしれない。

どうか負けないで欲しい。今ここに立つ自分は「今時点」の自分にすぎない。自分らしくありたいと思うすべての人の中には、それぞれの個性を解放する無限通りの形の鍵がある。同じ花でも花ごとに違うように、鍵もまた同じものはひとつとしてない。

どうか信じて自分の心の声に集中してみてほしい。生まれてからずっと感じてきたはずのものに怖がらず近づいてみてほしい。迷子になったり孤独を感じたらいつでもここに帰ってきたらいい。大丈夫、あなたは1人ではない。

私の中には、たくさんの人から受け継いだ魅力や愛がある。戦時中に博愛精神を持って米兵も助けた写真でしか知らぬ曾祖父も、なんでもできた亡くなった父方の祖父も。本や旅を通じて出会う過去の偉人の想いも。これまで感じたすべてを後世に受け継いでいくために私は生まれたようだ。

「人の本質こそ真に美しい」というわびさびの精神を心に纏い、「義」を守る武士道精神を持ち、「多様性を愛する」八百万の精神を大切にしながら今を生きていきたい。

色んな人に守られて今の私があるのだから、私もまた大好きな個性たちを守って生きていきたい。個性を潰す世の中であってはならない。あなたはそのままで代えがたく美しい。既に己に目覚めつつある者は嗅覚で私を見つけられる。目覚める前の者にも出会う必要があるが、自分から探そうとするタイミングで私と出会うべきだ。だから心理カウンセラーを選んだ。

カウンセラーとして日本を世界を旅をしながら色んな人に出会いたい。話題はなんでもいい、どんな話をしても本質は皆ひとつに収束するのだから。色んなことをああでもないこうでもないと話しながら、本来のあなたが目覚める時を私は待ちたい。機が熟すのを信じ、今か今かと楽しく待ち続けたい。

世界はまだまだ美しく潤いと彩りに満ちている。あなたが見たい世界は、どんな姿だろうか。

ー完ー

東(あずま)ゆう

▽川瀬先生と出会って2年後に実家の玄関にていけたお花