(旅エッセイ)開拓の土地にて自分のルーツを探る旅②「杜甫を読み、孔子を思ふ」

北見の地にて、美しい神社に出会う。静けさはあれど寂しさを感じさせぬ不思議な街で、黒松のような人と祈りを捧げる。

駅のバス停にて、「北光」という美しい地名を見つけて想いを馳せる。どんな光であろうか。きっと後光よりも美しく柔らかい希望に満ちた光であろう。

9年務めた会社は、実に日本的で美しい会社だった。1人の大工が創り上げた美しい会社。あそこは日本社会の縮図である。神道の教えが細部まで行きわたる組織。アベグレンの『カイシャ』の実態が知りたくて入ったこの会社には、実に多様な個性を持った美しい社員たちが働いている。

思うに、老舗企業というものは日本社会の縮図なのではないか。日本社会の現状は、社会を支える会社を見れば分かるかと思う。そこに大きな歪みがあるのであれば、それ即ち社会全体の歪みを指すであろう。

母方の祖父を思い出す。就職をする際に、一人祖父を訪れ土下座した日を思い出す。「日本経済のために、志を持って精進します」と誓ったあの日が忘れられない。物凄く厳かな気持ちであった。

20代とは、思ふに「志を見つける大切な時期」である。

日本銀行の面接でも、第一志望だったDBJの面接でも、日本経済に貢献したいと本気で訴えた。DBJの職員からは、「何度聞いても君はJBICだ」と言われた。納得がいかなかった。ご縁あって面接を受けた日揮では、「日本経済への貢献がメインではない」と諭された。とある金融機関では、「なぜ外務省を受けないのか」と面接官に聞かれたこともある。誰に聞いても何を探しても私だけの正解は見つからない。苦しかった。

運命とは自分で決められるものだけれど、定めは異なり。

思うに、30代は「定めを知り受け入れる時」である。

今日も札幌の地でこれからを思ふ。杜甫を読みながら、東京に住む親友を思ふ。蘇州生まれの友は、阪大で出会った宝物である。中国という果てしない土地で生まれ育った人は、日本にはない奥深い寛容さを持つように思う。黄河のような寛大さを持つアイデンティティに惹きつけられる。聖徳太子は正しい。さて、李白の面影を感じる黒松の人と、どんな世界をこれから感じてゆこう。方丈記源氏物語を交互に織って、まだ見ぬ色を紡いでみたい。

現代の40代は、「絶望の中で光を信じる世代」である。

就職氷河期の苦しさを一番知る希望たち。苦しさの中に希望を信じ諦めない宝物たち。かれらの眼は深い哀しみと柔らかい光に満ちている。希望を繋ぐために、努力を惜しまない優れた者が多い。彼らは私の中に「守りたい自分」と「守られたかった自分」を感じ、落ち着くようだ。私は彼らの安堵にそっと涙する。

職歴で人は裁かれるべきであろうか。本当に学卒は必須の資格であろうか。私はそうは思わない。今日蔓延る「当たり前の就職条件」の影で、時代に守られなかったたくさんの宝物たちが泣いている。

私は悲しい。日本古来の宗教は神道なのである。八百万の精神に素直に従えば、真のダイバーシティなぞすぐに分かるというのに。唯一神のもとに苦しむ人々よ、目を覚ましてほしい。本などなくとも物事の道理は分かるのである。お金なぞなくともよい。ただ、目の前に広がる自然の声に耳を傾ければ、そこにすべての摂理は詰まっている。

私は悲しい。正解はいつも一つではない。千も万もの正解を探そうすべての人よ。正解が見つからなくとも絶望する必要はない。そこには創造する喜びが待っているだけなのである。考えることはあなたを縛ることではない。新しい世界を創造するためのものである。

現代の50代は、「生きられなかった自分を守る覚悟に揺れる世代」である。

未だなお、自分らしさに悩む宝物たち。こうあるべきという環境の中で、必死に自分を表現することを守り続けた美しき人たち。現代の日本において、一番心のひだが多い人たちである。彼らを守らずして美しい日本は成立しえるだろうか、いやない。

美しい人よ、諦めること勿れ。日本の多様性とは大小様々な万物の共生によって成り立つものである。若い世代と繋がることを、自分よりも上の世代と繋がることを恐れないでほしい。

「生きたかった自分」とは、何も自分1人で成しえる必要はないのである。「青春」を思い返し、そこに眠る「志」を思い出してほしい。赤い炎よりも熱い青い炎を胸に灯すのだ。炎を以て歪んだ "当たり前"を焼き尽くせば、そこには美しい春が待っている。

豊かな生活は、焼け野原から始まるのである。さあ勇気を出して。あなたは1人ではない。

今は令和の時代である。宝石のような才能たちが犇めくこの時代に必要なのは「和を以て貴しとなす」である。

美しい人たちよ、宝物の人たちよ、目覚めてほしい。今がその時なのである。

2024.1.22

東(あずま)ゆう

(今日の一句)松の雪哀しみにほふ心旅