(旅エッセイ)天命を知り受け入れる旅① 旅の始まり

私たちの身の回りには、自分らしく生きるヒントが溢れている。色んな人や物を通してヒントを知る中で、どうやら私は、ヒント達を旅を通して深めて統合し「自分らしい生き方」に昇華しているらしいことに気付いた。無性に書きたくなってしまい、今日から旅エッセイシリーズも連載していこうと思う。

退職を決め、有給消化が始まった10月中旬から約2ヶ月。北海道・福岡・大分・名古屋・長野・沖縄・東京・千葉と、期間の短さでいうとここまで色んな場所へ旅をするのは生まれて初めてである。今は岩手の平泉にいて、これから盛岡へ行ったのち仙台へ下るところである。

平泉には、毛越寺という私にとって特別な場所がある。退職した会社に入社を決めた時に出会った場所で、自分の中で人生を最も切り拓くタイミングで無性に行きたくなるところである。

大学院を卒業して25歳で社会人デビューする前までに、たくさんの「自分の人生を自分で切り拓いてきたスーパー実力者達」から言葉をかけられるようになった。超大手企業の会長にお手紙を書いた際は、一度だけお返事をいただけ、「あなたは志を持って生きなさい」と書いてあった。似たような別の方からは「あなたはとにかくチャレンジ精神を持って生きなさい」と言われた。どの言葉もかなりの力強さがありつつ包容力を感じた。同じ大学の先輩だったからだろうか。

色んな言葉を受け止めながら、とにかく感じては考え、考えては感じるを繰り返した。続けていると、ある日頭の中で大きなドアがぎーーっと開くイメージがはっきり見えた。俗にいう「運命の扉が開く」というやつだ。あれは本当に突然ぱっと目の前に現れてくる。ちょうどモノレール待ちのときだったか、不安と安心が混ざった気持ちになり柴原の駅で号泣したような気がする。私はこのまま進めばいいと心で理解したからだろう。

そんな経験を経て入社式の日が来た。式を終えたら無性に東北に行きたくなって、当日六ヶ所村で働く友人が1人いたから即連絡をした。驚きつつも受け入れてくれた友人には今も感謝しかない。人生初の東北旅だから、友人の住む青森以外も折角だからどこか行きたい・・が何も知らない。当時は「日本のお庭」に関心が高い時期だったからお庭で探し、岩手県平泉にある毛越寺に出会うことになった。

毛越寺に行くと、神様ってきっと本当にいるのだと思わせんばかりの荘厳な雰囲気を持つお庭が広がっていた。浄土庭園というらしい。そうだろう、と妙に納得した。伊勢神宮出雲大社も行ったけれど、ここ以上の荘厳さをまだ知らない。

お庭を歩いていると、ふと石碑に出会った。普段は石碑なんて素通りだけれど、妙に興味をそそられて近づいた。そこには新渡戸稲造松尾芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」を英訳した内容が書かれていた。近くの解説パネルを見ると、「われ太平洋の架け橋とならん」と書いてあり、どうしようもなく胸が熱くなった。「これが私の志だ」と思った。

これが私の志だと思ったが、その場でぱっと思い浮かんだのは「日本と海外の架け橋になる」だった。なんともぼんやりとした輪郭である。その場で何度か必死に考えたが思い浮かばず、そもそもこれは時間をかけて見つけるものだと悟った。悟った後で、「私はいつの日か必ず日本と海外の架け橋になります。志の中身が決まったら必ずまた来ます」と心の中で誓った。

続く

東(あずま)ゆう

毛越寺の石碑