(家族についてのエッセイ)心からのごめんねが欲しくって。⑧「時代背景を考え、母を想う」

当エッセイは、「家族関係と人生への影響について、様々な視点で考えること」と、「人の才能は人生の光と影の両面にあると伝えること」を目的に書いております。

※人によっては読んで過去のトラウマを思い出す可能性がありますのでご注意ください。

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⑧ー1:男女平等とはなにか

女性活躍推進の名のもとに、確かに女性の社会進出は進んだのだろう。だが、周囲を見ていると、まだまだ子育ては女性が主で支える傾向が強いように思う。

子にとって、親や時代が持つ価値観は「一種の正解」であり「自身にとっての当たり前」の基礎である。時としてそれは「正義」にもなりうるだろう。

両親の親世代において、女性は専業主婦ないし家計を助ける範囲で働くことが当たり前だったようだ。

両親が若い頃、「時代が女性に求める当たり前」は、「短大卒・寿退社前提の入社」だったようだ。20代前半で結婚するのが当たり前だったとも聞いている。

時代に応じ「当たり前」とは移りゆくものであるから、現代社会では大卒が当たり前である。さて、母世代が仮に今就活をしたらどうなると思われるだろうか。

娘から見た母は、才能もありキャリア志向である。社会人生活を始めてしばらくして、母から、キャリアと家庭を天秤にかけ、泣く泣くキャリアを捨てた話を聞いた。

共働きで私を育ててくれたが、ずっと働きたかったであろう職場を想う気持ちは未だに強いようだ。

男社会に生きる私は、話を聞いても父を恨まなかった。父は父なりに家族を守ってきたことを分かっているからだ。でも、できれば母をもっと守ってほしかった。

時代や親から譲り受けた「当たり前」に囚われず、母と父自身を守ってほしかった。

就活支援中、ある男子学生に出会った。

地元で頑張るキャリア志向の彼女を説得して、なんとか全国転勤型である自分についてきてもらうのだと意気込んでいた。転勤は寂しいからだという。

笑顔で話を聞いたが、本当はすぐにでもバケツいっぱいに水を汲んで、頭からばしゃりとかけてやりたかった。胸糞悪い気持ちにさせられたし、その場で罵倒したかった。

育児を一緒にしようと頑張る男性達を、心から応援したい。

細かいことは各家庭で決めればよい。でも、そこに「選択肢があること」は必要なのではないだろうか。

⑧ー2:想いは海より深く空よりも碧い

どれだけ母を想っていても、「言葉」を知らぬ子供の愛は伝わりにくい。

もし今の私がタイムマシンに乗って小学生時代に帰れるなら、どんなにいいだろう。

子供を産んだ経験はないけれど、社会人経験は積んでいる。働きながら子供を育てることは、とんでもなく大変だったろう。

私の母は、情熱に生きる女性である。みずみずしい感性をもち、言葉とアートの両方において表現力を持っている。

才能に恵まれすぎてよく自分を見失うようだが、素晴らしく行動力があり、努力家であることを娘は知っている。

我が家は面白く、母は太陽のようで父は月のような性格である。父のことは追って書くが、母と正反対な性格をしており大切な存在である。

対極的な2人であるが、娘から見れば、「寛容さ」という1本の軸で背中合わせでくっついている。

もし今の私で当時に戻れるならば、どんなにいいだろう。

もっといい子に勉強しただろうし、もっと母が自分の人生を楽しめるよう、毎日応援したかった。もっと手伝いもしたかった。

あとそうだ。毎日、頑張る母を優しく抱きしめたいように思う。

ありのままの自分を母に受け入れてほしいと想いながらも、それさえ叶わなくてもいいから、母がただ日々笑顔で幸せそうに暮らしてくれたら、と願う。

母のように、誰かのために頑張りすぎてきた全ての人を心で抱きしめ応援したい。

今までよく頑張ったね、と一緒に泣いて笑いたい。

誰かのために頑張れるような愛溢れる人が、自分のために自由に頑張ることを楽しんだら、社会はどんなに彩りに溢れるであろうか。

「自分らしく生きる」ということは、葛藤はあれど幻でも憧れでもない。

「道」は切り拓くためにあると私は信じている。

もうまもなく桜の季節がやってくる。我慢する自分を卒業して、心の春を探す旅へ。

そんな旅もいいもんだね、と自ら証明し、日々人生という坂道を歩いていきたい。

東ゆう